経営者
とりわけ、起業に成功した経営者は
みずからを律する為に
「諫議役(かんぎやく)」、「史官役」を
任命しても
いいかもしれない。

● 「創業が難しいか、守成が難しいか」という言葉を知らない経営者は、まず、いないだろう。唐の第2代皇帝・太宗が侍臣(じしん)たちが集まっているところで問うた言葉である。

● すると、参謀のひとり、房玄齢(ぼうげんれい)が「それは、創業でしょう。なにせ、天下争乱、群雄割拠のときに、強敵を撃破。命がけの難事。当然、創業が難しいと思います」と言う。

● もうひとりの参謀である魏徴(ぎちょう)は、「創業は、前代の治世がうまくいかなかったから、新しい帝王が出てくるので、さほどのことはありません。それより、新しい帝王が、次第に油断し、気を緩め、贅沢三昧をし始め、また、人民に労役、苛税を課し、国が乱れ、人民は帝王に怨嗟する。これが原因で、国が滅亡します。ですから、守成のほうが難しいと思います」と言う。

● 太宗は、「それぞれの言い分は、もっともだ。しかし、創業のときは過ぎ去った。守成のときになった。守成の困難を考えて、私共々、よくよく注意していこう」と応える。

● 言って見れば、今日的に言えば、「起業が難しいか、経営が難しいか」ということだろう。起業もそれなりに、アイデアと度胸がなければ出来ないから、難しいと言えるが、しかし、その起業を結果的に成功させるためには、経営に巧みに取り組んでいかなければならないということになる。

● しかし、当初は、弛緩なく、気を張っていた起業家も、ひとたび経営が上手く軌道に乗り始めて、経営者になると、魏徴の言う如く、油断が生まれ、奢りが生まれ、傲慢になり、放漫になる。だから、なかには趣味や女色に溺れる者もいる。現に、月旅行に行くだとか、女優、タレントに手を出した者も出てくる。そして、破綻する。

● それは、起業し、経営が上手くいく者誰でもが経験する、「目眩(めくるめ)く陥穽(かんせい=落とし穴)」である。「堕落への誘惑」、「放縦への愉楽」である。とは言え、自戒し、自制することは、とりわけ、若い経営者には難しいだろう。

● その眩惑、堕落、放縦に陥らないために、冒頭の唐の太宗の採った「二つの職制」は、大いに参考になるのではないか。「二つの職制」とは、一つは、「諫議大夫(かんぎだいぶ)」、一つは、「史官(しかん)」である。

● 「諫議大夫」は、太宗自身に、敢えて苦言、忠告、諫言(かんげん)をするための役職。諫議大夫は、それが仕事であるから、太宗は、諫議大夫に諫言され、忠告、苦言を呈されたからといって、激怒したり、排除したり、まして、処刑することなど出来ない。太宗は、自分を諌(いさ)めるため、そのような役職まで新設しているということは覚えておいたほうがいい。

● 「史官」とは、太宗の日々の言動を記録する役職。この記録は、公正を期するため、太宗すら、見ることが出来ないことにした。だから、なにを書かれ、なにが後世に伝えられるか、太宗には、分からない。ゆえに、太宗は、日々、行いを糺(ただ)し、みずからを律して、誠実に政務に取り組まざるを得ない。

● 太宗は、わざわざ、「諫議大夫(かんぎだいぶ)」と「史官(しかん)」を新たに設けてまで、みずからを追い込む。今でも、太平の世を実現した「名君」として、その名を残しているのは、そのためである。

● この太宗の「二つの役職」を参考に、「諫議担当役」、「社長言動記録役」を、それぞれの起業に成功した若い経営者のみならず、すべての経営者も、設けてみてもいいのではないか。

● 要は、常に油断せず、心許さず、気を緩めず、自分で、みずからを戒め律することは難しいからこそ、この「二つの役職」を考えてみる必要があるのではないかということである。

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