うん、この炊飯器で
炊いたご飯、
美味しいわ。
すまんが、もう一杯、
おかわりするわ

● 松下電器産業の役員会。そのとき、炊飯器事業部から、業務用炊飯器の試作品が持ち込まれた。
家庭用炊飯器が一巡し、次の炊飯器として業務用に取り組み、その試作品が出来たからだ。その試作品を、各役員が、ああでもない、こうでもない、そこは改良したほうがいい、その部分は良くないなどと次々に指摘する。

● その間、松下さんは黙って、口を開くことはなかった。そうこうしていると、昼食時になった。各役員の前に、いつもの役員弁当が配られ、それぞれの役員は、その弁当を食べ始める。

● そのとき、松下さんは、「この弁当のご飯ではなく、この試作品の炊飯器で炊いたご飯、食べるわ」と言う。びっくりしたのは、試作品を持って来た技術者たち。いままで役員たちから、散々あれを改善せよ、そこは良くないと言われ、しょげ返っていたからだ。

● 恐る恐る、試作品で炊いたご飯を松下さんに出す。松下さんは、茶碗一杯を食べると、「うん、この炊飯器で炊いたご飯、美味しいわ。すまんが、もう一杯、おかわりするわ」。

● その松下さんの「ひと言」に、徹夜徹夜で取り組んだ技術者たちは、報われたと、感激のあまり、なかには涙ぐむ者もいたと、そのときの技術者の一人が話をしてくれた。

● これは、東京の有名ホテルのフランス料理を食べに行ったときの話。若い私は、次から次に出てくる料理をたいらげていたが、松下さんは、少しずつしか食べない。当然、テーブルに、いく皿がそのまま置かれている。

● う〜ん、口に合わないのかなあと思っていると、「キミ、シェフを呼んでくれ」という。驚いた。ここの料理は、ワシの口に合わないというのだろうか、と思いながら、席を立って、シェフに頭を下げ、松下さんの席まで来てもらった。

● コック帽を両手に握り、シェフが緊張してやって来た。私は、料理どころではない。私も緊張して椅子に座った。と、松下さんは、微笑みながら、シェフに言った。

● 「あんたの作ってくれた料理、美味しかったよ。けどな、ワシはもうこの歳やからな、食が細くなってな、だから、食べきれんかったんや。こうして、残したけどね、不味くて残したんやないんや。美味しかったけど、そういうことで、残したんや。あんた、だから、気ィ悪せんといてな」。

● そう言われたシェフは、それまでの緊張から、満面の笑顔に変わり、「いえ、そう言って頂き、まことに光栄でございます」と言いながら、何度も何度も頭を下げていた。

● 松下さんの、人を思いやる配慮に、私は、いたく感動したことを今でも忘れることはない。業務用炊飯器の試作品をつくった技術者たちも、私同様、今でもそのときの松下さんの「ひと言」を忘れてはいないだろう。

● このような話を、松下さん自身が語ることはなかった。しかし、松下幸之助という人の「ひと言」には、たとえ、厳しさのなかにも、相手の尊厳に対する限りない敬意と優しさがあったように思う。その「ひと言」が、人の心を動かし、大きな成果を生み出し、今なお、多くの人々から語り継がれる所以だろうと思う。

● 本日は、経営者の方々の勉強会、虫明正治氏主宰の『幸心塾』。京都の宇治市にある、角井食品株式会社で開催されたが、上記のような話から、「経営の節(ふし)をつくることの大切さ」について話をしてみた。熱心に耳を傾けて聴いて頂いた参加者の皆さんに心から感謝申し上げる。

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