ウソをつかないこと
不正をしないことを
貫き実行して
藩政改革に取り組んだ男
恩田木工(おんだ もく)

● 江戸時代中期、信州(長野県)松代藩十万石の藩主が真田信安のとき、その放漫な藩政によって、悪臣が跋扈し、賄賂が横行。加えて、千曲川の洪水、地震による被害も大きく、藩の財政は極度に窮乏していた。

● 13歳で、藩主を継いだ、その子、幸弘は、ずば抜けて聡明な少年であった。彼は、16歳のとき、39歳の恩田木工(杢=もく)を登用して、藩政の改革と財政の立て直しを断行させる。

● このとき木工は、辞退するが、幸弘は、「わが藩の窮乏は幕府に知られており、たとえ、お前の力が及ばず、財政の立て直しができなくても、お前の失態にはならない。それでも辞退すると言うならば、それこそ、不忠というものだ」と言う。16歳とは、とても思えない言葉である。

● 木工(もく)は、引き受ける決心をして、次のように言う。

●「この役を引き受けるにあたって、重役やご親類が私の申すことに異議を言われては、なにも出来ない。だから、私の申すことに反対しないという文書が欲しい。そのかわり、私に不忠不正があれば、重罪に処していただく旨の誓紙をお渡しする」と。
そして、藩主幸弘の前で、文書と誓紙を交わす。

● しかし、恩田木工の凄さは、親類及び家の子郎党を一人残らず集めて、ことの次第を話して、次のようなことを言うことだ。

● 「私は、このたび、藩政改革の大任を引き受けた。ついては、先ず、女房には離縁するから、実家に帰るように。子供たちは勘当するので、どこへでも行くがいい。また、親類とは絶縁するので、そのように心得てもらいたい。最後に家来どもは、残らず暇(いとま)をくれるから、どこへ奉公しても勝手である」。

● さらに言う。「私は、どのような事情が生じても、嘘(うそ)は決して言わないことにした。それを先ず藩の内外に宣言せねばならない。ところが、私に最も近い女房、子供、親類、家来が嘘を一つでも言ったら、あれを見よ、木工の言うことも、今までの悪臣のように信頼できぬと言われるだろう。そのようなことでは、改革など思いもよらぬこと。だから、つらいけれども義絶の決心をした」。

● 「たとえば、私は、これから毎日、飯と汁だけ食べることにするし、着物は今まであるものが使えなくなったら、すべて木綿にする。そうなれば、お前たちは、こっそり、なにか食べたかろうし、木綿以外のものも着たいだろう。嘘を言わぬことは、難しく、常人にはとてもできないことなのだ」と話す。

● すると、奥方は、「私も、きっと、嘘は言わず、飯と汁以外は食べず、木綿以外は着ないことにします。どうぞ、どうぞ離縁など、お許し下さい」と、涙ながらに言う。

● 「そうまで言ってくれるなら、離縁する理由はない。しかし、子供たちは、そうはいくまいから、出ていくがよい。カネは相応に渡すから、心配しなくてもいい」と言うと、子どもたちも、「お父上様、私たちも嘘は言わず、決して、陰で、うまいものを食べたりしません。どうぞ勘当はお許しください」。

● 家来たちも、「私共も決して嘘を言いませんし、飯と汁だけで充分です。どうぞご慈悲ですから、今まで通り、勤めさせてください」と、泣きながら言う。

● 「それ程に申してくれるなら、今まで通り働いてもらい、給金も従来の通りにする」と木工が言うと、「いいえ、給金はいただかなくても、食べるものさえいただけば結構です。着物は持っておりますし、着れなくなったら旦那さまの古着なりとも拝領いたしますし、お給金はいただきません」。

● それに対して、木工は、次のように言う。「それは心配しなくていい。私の石高は千石だ。飯と汁だけにすれば不如意はない。お前たちも、妻子を養わねばなるまい。給金は受け取ってもらわねばならん」。

● これを聞いて、家来たちは涙を流して喜び、「まことに、ありがたき幸せ」と、ひれ伏すばかりであったという。

● 親類の人々も、「木工どのがそれほどのご決意なら、わが家でもその通りにする」と誓って言った。これに対して木工が言うには、「それはありがたい。それなら義絶しないことにする」。

● 木工は、こうした家族、親類の覚悟を確認したうえで、領民を呼び出し集め、「これから、自分は、絶対に嘘をつかず、いったん決めたことを変更することはない」と告げる。領民も、「恩田様は、決して嘘は言わぬ、また、今までのような朝令暮改もしない、また、たびたびの苦役も取りやめにすると仰せられたからには、恩田様を切腹させてはならぬぞ!」となった。

● 恩田木工は、領民の心を掴み、松代藩をONE TEAMにするとともに、次々に成果をあげる。彼は、山野荒地の開拓や養蚕の奨励を始め、多方面にわたる事業を興し、5年を経ずして藩の財政を立て直し、進んで安定の基礎をつくりあげた。しかし、惜しむらくは、その藩政改革の完成を見ずに、46歳で、逝去している。

● ところで、なぜ、恩田木工が、藩政改革に成果をあげることが出来たのか。それは、自分だけでなく、一族郎党にも、①嘘をつかない、②不正をしないこを実行させたことだ。恩田木工の、いわば、「自制の覚悟」こそが、領民を納得させ、結束させ、藩政改革を成功へと導いたのではないか。

● 翻って、いまの日本の政治家は、「自制の覚悟」を持っているのか。一族、親類、秘書にまで、「自制の覚悟」を求めているのかということである。
私は、「政治家のあるべき姿」を、常に、「恩田木工」に重ね合わせている。

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